神田ぱんのやりすごし歳時記

毎日をどうにか生き延びて50年
   
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あきらめ

 日立の母が定期検診のため上京中。録りためておいたスカパーのひばり番組を毎日見ている。「愛燦燦」の時のひばりと私は同い年だと言ったら、さすがに絶句していた。
母は4月ごろから、よく咳が出てなんだか息苦しく、耳の下あたりが痛いという。カビのせいかと思って古い布団とか捨てたんだけど、ちっとも良くなんないんだよねーという。
それは低線量被曝のせいかもよ、と言ってみたけど、あんのじょう「関係ない」と言う。関係ないという人を病院に連れてくわけにもいかないし、喧嘩になるのもイヤだし、そもそも低線量被曝で何が起こるのかよくわかってないのだから、病院でも何をどう検査すればいいのかわからないだろう。
こうして不安だけが蓄積されていくのか、と思うと、毎日新鮮に腹が立つ。
でもどうしようもない。


| 原発 | 23:43 | comments(0) |
ガイガー散歩

 金曜日、土屋遊の同僚Kさんがガイガーカウンターを購入した、というので、昼メシがてら西新宿の放射線量を測る散歩をした。
立ち飲み屋だの裏路地だのといったのんきな散歩をしてきた私が、とうとうガイガー散歩をする羽目になるとは……
とか考えると急激に腹が立って血圧があがるので、そういうことは考えず、ただおもしろ半分に測ろうと思った。
参加者は土屋さんとKさん、土屋さんのフォロワーのSさん御夫妻、私の5人だ。

まずみんなでブリーフィングを兼ねて焼き肉屋へ行き、共産党都議団が計測したマップ(http://www.jcptogidan.gr.jp/html/menu5/2011/20110525195904_4.pdf)などを見せてもらった。
中華ガイガーREN200を購入したKさんは、2歳のお子さんがいるママで、区立保育園には水筒を持参させているが、外遊びは普通にさせるので気になるそうだ。区によっては「アトピー以外の子は水筒禁止」というところもあり、水筒を持っていけるだけでも新宿区は柔軟だという。
私はもうそんな話だけでカッとなり、子供を何だと思ってるんだ、意識が低いとギャアギャア騒いだ。
あとKさん情報で、代々木公園でガイガー計測してる人が警備員に注意されたという話を聞いた。
はあ?? どういう名目で注意すんの??
「風評被害というか、デマ情報を流すな的なことですかね」とKさん。また私はカッとなり、えーおかしいじゃん! そんなこと取り締まれないはずでしょうが! とギャアギャア騒いだ。
カルビロース定食1200円を食べながら放射脳たちが不安を語りあう中、放射能には全く興味ない土屋さんはニヤニヤしながらKさんに「良かったねー。やっと話できる仲間ができたねー」と言った。
福島の人らが文科省の下っぱをつるしあげた会見(http://www.youtube.com/watch?v=DUhlamqSQXg)の話をしたら、Kさんは「ちょっと胸がスッとしました」と言った。

お店を出てガイガーを持ちながら、小雨ふる高層ビル街を歩いた。
REN200はガンマ線とX線しか測れない機械なので、適当に測るにはむしろ好都合だった。(皮膚から入れないベータ線などを検出する計測器は、筐体を遮蔽しないと20μSV/hとかあり得ない数値を出してしまう)
西新宿のビル街は、クルマが通れる下の道路とビル周辺をとりまいて連なるデッキ状通路との2層構造になっている。
高い方のデッキ通路は、高くても0.08μSV/hぐらいで、意外とたいしたことがなかった。「あすこいいんじゃない!?」と柱の根元とか植え込みとか、汚れが溜まってそうなとこに走り寄ってみたが、0.09ぐらい。
ハトを測ろうとしたが逃げられた。
土屋さんのアタマの中はいっしゅん0.17を記録する高濃度だった。「あー1週間アタマ洗ってないから」とのこと。洗えよ。
池の上はどう? と測ったけど、0.06とかむしろ下がった。



ちょっとガッカリしながら、共産党の調査で最高値を記録した都庁へ向かった。デッキ通路から下の道路に下りると、すぐ0.1を超え、0.14μSV/hぐらいになった。低い場所は線量が高い。
高いと低く、低いと高いのはナーニ?
それは新宿の放射線量だ。
外壁が軽石みたく、レンガみたくなってるビルのあたりでどんどんメーターがあがり、0.2μSV/hに跳ね上がった。え。なんでここで?
軽石みたいな建材のすきまに放射性物質が溜まるのか?
高層ビルの間をピンボールよろしくぽぽぽぽ〜んと跳ね飛んで来た放射性物質が落ちる地点がここなのか?
あそっか。このようにぶらぶら適当に測って、「○○ホテル前は高濃度でした!」とかツイートしたのがもとで、○○ホテルって線量高いらしいよ〜怖いわよね〜みたいになったら風評被害だよな。
それは、取り締まりたくなる気持ちわかるな…
だから共産党の地図では「都庁西側道路」といった表現になっている。
その都庁西側道路、厳密にいえば中央公園前のT字路の植木の下んとこが0.17〜0.2μSV/hと本日一番のホットスポットだった。
ふらふら上下するガイガーの数字を見ながら、Kさんが傘でちょっと囲ったら0.18! とビシッと表示した。風をさえぎるとふらふらしないそうだ。
中央公園で、土の上に置いたら0.14μSV/hとなかなかの数字だった。警備員に見つからないよう土を5センチぐらい掘り返すと0.06に下がった。



以上の散歩からわかったのは「つるつるしたとこはマシ」「水辺はマシ」「きれいなとこはマシ」「高いとこはマシ」といったことだった。
あと「水道水による除染は有効」「土の表面を削り取る除染は有効」という、ずっと国とかが言ってきたあったりまえのこともわかった。
あったりまえだけど、もう国とかの言うことをいっさい信用しなくなってたので、自分の目で見て確認できて良かったと思いました

| 原発 | 09:27 | comments(0) |
今日があった今日

地震からこっち、さまざまなものを信用しなくなった。
いちばん信用しなくなったのは、タイマーだ。
炊飯器とお風呂のタイマーを、まったく使わなくなった。
夜に米を研いで、明日の朝炊きあがるようにセットしといても、夜中に地震が来て停電したりしたら、全然タイマーの意味がない。
そこで、めしが残り少なくなったら、すぐおにぎりにして、すぐ釜を洗って、すぐ米を研いで、すぐ新たなめしを炊く。炊飯器がごはんでいっぱいだと、なんか安心する。
お風呂も、みんなが入ったらすぐお湯を抜いて、すぐ洗って、すぐ水を張っておく。お風呂に水が入ってても、別に安心しないけど、まあ何かの役に立つかもと思う。
でもタイマーを信用しないからといって、タイマーの仲間であるカレンダーや手帳も信用しないかというと、カレンダーや手帳は信用してて、「あさっては資源ゴミかー」とか「○日は病院かー」とか、ふつうに使っている。
「明日の朝」は信用してないのに、「あさって」は信用している。
だから「俺たちに明日はない」けど「俺たちにあさってはある」ということだ。
ってどういうこと???

自分でも意味がわからないので、よーーーく考えてみたら、なんか「明日」はこう、「今日」から地続きな感じがする。「今日」は、ただいま現在は、 余震がいつ来るかわかんなくて、ビクビクしてて、あっ早く仕事しちゃわないと余震きちゃう! 買い物しないと余震きちゃう! と、姑が点検に来るかのよう に、締め切りのデッド日のように、余震にせき立てられて、あわてていろいろなことをやっている「今日」だ。
ちゃんとやれないけど、もういいや適当で。やっつけ仕事で。そんな今日。
でも「あさって」になると、そういうイヤな感じの「今日」から少し離れるし、そもそもあさってという日が存在するような実感がない。
つまり信用できないのは「今日」だ。
「俺たちに明日はない」し「俺たちは今日もない」のだ。
でも今日は「今日」があった。
今日があって良かった。
明日も今日がありますように。

| 原発 | 01:12 | comments(0) |
意見を送ろう!

いま内閣府の原子力委員会がパブリックコメントを募集してます。

http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/tyoki_oubo.htm

直接、政府に意見が送れるチャンス。
送ろう送ろう。

| 原発 | 12:58 | comments(0) |
ウィンウィン



「週刊朝日」の昭和43年7月19日号は、石原慎太郎さんが初当選した参院選特集だ。35歳の初出馬にして300万票を獲得したという。すげー。



参謀の飯島勲氏の戦略は、講演会やテレビ出演で知名度アップ&地縁血縁知人を総動員しての組織票固め。
当時の佐藤栄作総理や福田赳夫幹事長、中曽根康弘運輸大臣らのバックアップにより、東洋工業(現マツダ)や松下電器(現パナソニック)などの組織票を獲得したそうだ。
そして演説会では「ぐいと胸を張り、ほえたて、叫び、威圧し聴衆をすっかり自分のペースにまきこむ」ので、「とても頼もしい人みたい」なんつって人気が出たそうです。
なんか、今と全然変わんないんだなー。
変節知らずといえば、原発推進もこの頃から変わらない。

 石原氏は、核問題について、特に熱心にふれた。品川公会堂では、いきなり「日本は核爆発をしなければいけない」と発言、聴衆のドギモをぬいた。この「核爆発」も、よく聞くと「平和利用のために」というのだが、
倉石発言には半分賛成だ。日本は、いざというときには、いつでも兵器になしうるのだぞ、という核の潜在能力をもつ必要がある。この核の力がなければ、大国と平等な発言力をもちえない」
とつけ加えることを忘れなかった。

あらま。
慎太郎は中曽根に可愛がられてたし、たぶんそうじゃないかなーって思ってたけど、ずいぶんハッキリ言ってたもんだ。
んっ
でもこの話、ちょっとおかしくない?
正力=中曽根ラインは、アメリカに「原発売ってこい」と命令されて売り込んでたわけで、本当に日本が原発によって「大国と平等な発言力をもつ」可能性を得てしまったら、当の「大国」は困るんじゃないかなあ。

以下は私の妄想に過ぎず、何の裏もとってない話。
当時のアメリカは、原発から核兵器は作れない、または憲法9条により日本が核兵器を持つことはないと見越していたので、安心して原発を売り込んだ。
推進担当者は、石原のような国粋主義者に核兵器化の可能性をにおわせておけば、喜んで普及に尽力してくれる上、ペラペラと言いふらすので、共産圏へのけん制も利いて一石二鳥だった。
石原ならラウドスピーカーとしてのキャラも立つし、最悪、問題発言を取り沙汰されても石原ひとりを切り捨てれば良い。
もしかすると推進派には(今はおとなしくセールスしてっけど、いずれ裏をかいて核兵器にしてやんよ)という腹づもりもあったかもしれないし、安い電力&脱石油エネルギーへの夢は国民のコンセンサスが得られるし、誰も心痛まずに原発を推進できた。
まさにwin-win発想。


私は経済活動としてwin-winというのはあり得ないと思うので(お金はまわるだけで増えるわけではないから)、win-winが出てくるだけで警戒警報がウィンウィン鳴りますけどね。


| 原発 | 11:43 | comments(0) |

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